(1)組織運営の特徴と工夫
定期的に運営委員会を開催し、情報を共有しながら活動方針を確認・推進する体制を整備しました。全国各地の運営委員がZoomなどを活用して会議を重ね(48回以上開催)、冤罪事件の最新情報、日弁連や国会などの動向を把握しながら、次の行動へとつなげていきました。
「市民の会」の組織的な運営には以下のような特徴がありました。個人で組織を構成したことで、様々な課題について情勢に応じて柔軟かつ機敏に対応できました。財政的には、会費と個人・団体からのカンパなどで運営され、7年間の活動を支えました(7年間に5,634,642円の会費・カンパ等が寄せられました)。会則もシンプルな組織運営ができるよう配慮し、会費は入会時のみ、会報は年一度だけ紙媒体で発行、会員への情報発信はメーリングリストを活用するなど、日常的な事務局業務の負担を最小化しました。
会発足後のコロナ禍においても活動を維持できたのは、多彩な運営委員の協力と自前の講師体制、そしてオンラインを担う事務局員の存在が大きな力を発揮したためです。一方、HPやSNSを活用した情報発信が十分にできなかった点は課題として残りました。
(2)毎年開催した市民集会・Webセミナーなどの活動
毎年、「市民の会」の活動報告を兼ねた市民集会を開催してきました。再審事件の当事者や弁護団、研究者、ジャーナリストが登壇し、再審制度の問題点と改正の必要性を広く社会に訴えました。また、パンフレット「私たちのめざすもの(要綱)」や情勢に応じたリーフレット「無実の人を救う 再審のルールを作ろう」などを発行し、啓発宣伝に努めてきました。
新型コロナウイルス感染拡大の中でも活動を止めず、運営委員の専門分野を生かしたWebセミナーを継続的に開催し、ネット配信を事務局で担うことで財政的にも支出を抑え、全国どこからでも参加できる形を実現しました。この経験はその後のオンライン活動の基盤となりました。
■Webセミナー 開催日・テーマ・講師一覧
(3)地方議会での意見書採択運動
日弁連や国民救援会と連携しながら全国の地方議会に向けて意見書採択運動を展開しました。袴田事件など具体的な冤罪事件の実態を伝え、最終的には全国で897議会(30都道府県議会、426市議会、3特別区議会、363町議会、75村議会)、全国の過半数を超える議会で採択されました。
地方議会への働きかけにあたっては、各会派の議員を個別に訪ね、冤罪事件の実態と再審制度の問題点を丁寧に説明する地道な作業が積み重ねられました。各地の経験が示すように、この課題は人権問題として政党政派を超えて一致できる条件があります。袴田事件をはじめとする具体的な事件の深刻な実態を知った党派を超えた多くの議員が、「冤罪はあってはならない、無辜が救済される再審制度を確立すべき」という訴えに理解を示しました。
意見書採択運動の2つの大きな意義
第1は、自分が住んでいる地域など草の根から法改正運動を広げるという意義です。再審法改正を実現するためには議員立法による法案を成立させることが必要であり、その実現には超党派議員連盟の結成が不可欠でした。しかし与党議員を動かすことは容易ではなく、宇都宮健児共同代表はかつてのサラ金問題での経験を例に挙げ、「全国の地方議会の過半数で意見書採択を勝ち取ったことで、消費者金融業界の圧力に押されて消極的だった与党議員の態度が変わり、法改正が実現した」と、地方議会での意見書採択運動の意義を強調しました。再審法改正においても同様の手法が有効と判断し、これを運動の軸に据えました。
第2は、人権を守る市民運動の存在を示し、冤罪事件の実態を広く知らせる絶好の機会になるという意義です。この活動を通じて再審法改正運動への理解が地域に広がり、賛同者の輪が党派を超えて大きくなりました。
なかでも象徴的だったのは、静岡県と京都府が全国で最初にそれぞれの府県内のすべての地方議会で意見書を採択したことでした。袴田事件の地元である静岡での全議会採択は、事件が地域社会に刻んできた傷の深さと、地方から正義を求める意志の強さを示すものでした(最終的には、すべての議会で採択されたのは、長野県、静岡県、岐阜県、滋賀県、京都府、大阪府、徳島県の7府県でした)。また、超党派での採択が進んだ議会では、「冤罪被害者の救済は与野党を問わない課題である」という共通認識が醸成され、それが後の超党派議員連盟結成の素地ともなりました。
各地から寄せられた主な疑問とそれへの対応
意見書採択に反対や慎重な意見がなかったわけではありません。全国各地の審議の過程で、同様の疑問が繰り返し寄せられました。主なものと、それへの対応を以下に記録します。
【疑問①】「刑事訴訟法の改正は国会の仕事であり、地方議会で意見を言うのはなじまない」
保守系議員などから「国の基本にかかわる刑事訴訟法について、地方議会が国に意見を言うのはなじまない」という声が寄せられました。これに対しては、憲法第16条が保障する請願権、地方自治法第99条(地方議会は「当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる」)、同第124・125条の規定を示し、住民の声を国会に届けることは地方議会の正当な権限であることを説明しました。冤罪被害者の救済は当該自治体の住民にも直結する「公益に関する事件」であることを丁寧に伝えることで、理解が広がりました。
【疑問②】「国での検討が進んでいるのだから、その進展を見守るべきだ」
2016年の刑訴法一部改正の附則9条3項で再審における証拠開示の「今後の検討」が約束されたことを根拠に、法務省に設置された協議会(法務省・最高検、最高裁、日弁連、警察庁)、いわゆる「四者協議」での慎重な検討を見守るべきだとの意見が、各地の審議で多く出されました。
これに対しては、①「四者協議」は非公開で審議状況がまったく分からず、国会(法務委員会)にも内容が報告されない、民主主義に反する状況であること、②法務省・検察庁こそが再審を阻んできた当事者であり、そこに主導権を委ねたままでは真の改正は期待できないこと、③運用改善で済む問題ではなく、立法によって手続を明文化することが不可欠であること、を説明しました。こうした論拠が有効に機能し、一度は慎重姿勢を示した会派が最終的に賛成に回る事例が各地で相次ぎました。
神戸市議会での経験が特に参考になりました。当初は「市民の会」などが掲げる3項目での請願を行いましたが、自民・公明会派から難色が示されました。そこで各会派と折衝を重ね、「国民に開かれた再審制度にむけた審議の促進を求める意見書」として合意し、全会一致で採択されました。目標にこだわりすぎず、一致点を見出して全体の運動を前進させるこの経験は、各地の活動者にとって大きな教訓となりました。
【疑問③】「証拠開示には賛成だが、検察官の不服申立て禁止は三審制に反するので反対」
「通常審でも検察に上訴権が認められているのに、再審だけ検察の権利を奪うのは三審制に反する」という意見に対しては、次のように説明しました。
①再審は三審制の延長ではなく、確定した誤判から無辜を救済するための特別な制度であること。②日本の再審制度は憲法施行に伴い不利益再審が廃止され、無辜の救済に特化した制度となっていること。③再審開始決定はそれだけで無罪を意味せず、有罪・無罪の判断はその後の再審公判で行われるため、検察は再審公判で主張すれば足り、開始決定に対して独立の不服申立てを認める必要はないこと。④日本が先例としたドイツでは、すでに半世紀以上前の1964年に再審開始決定への検察の不服申立てが禁止されていること。⑤三審制だからといってすべての決定に不服申立てが許されるわけではなく、付審判請求手続でも審判に付すという決定に対して不服申立てはできないとする最高裁判例があることも紹介しました。
Webセミナーによる経験の共有
第10回Webセミナー(2022年11月)「再審法改正 地方議会の意見書採択を勝ち取る方法」では、宇都宮健児共同代表が各地の成功事例を分かりやすく整理し、全国の活動者が取り組みを共有する場となりました。各地の実践的な報告は、運動の加速に大きく貢献しました。
地方から国会へ
こうして広がった地方議会への意見書採択運動が全国の過半数を超える897議会で採択されたことに加え、衆参議長宛ての国会請願署名は約14万筆が全国から寄せられました。地方議会から国会へ、草の根の声が積み重なっていくこのプロセスは、2024年3月の超党派議員連盟の結成を後押しする直接的な基盤となりました。全国会議員の過半数を超える388名が参加するまでに成長した議連の推進力は、地方議会での意見書採択の数が積み上がっていく過程と軌を一にしています。草の根からの広がりが、国会を動かす大きな力となったのです。
(4)再審法改正に関心を広げる努力
「市民の会」では、冤罪や再審の問題を、冤罪支援者や法曹関係者にとどまらず、より広く市民に伝える努力を重ねてきました。会の結成を記念した講演会を毎年開催してきたほか、運営委員の篠田博之さんと共同代表の周防正行さんが中心となり、新宿ロフトや「隣町珈琲」など、これまでとは異なる会場でトークイベントを開いてきました。こうした取り組みを通じて、新たな層にも関心と理解を広げてきました。
また、日弁連と共催で日比谷野音での大集会を開いたほか、「ノーモア冤罪!再審法改正アクション」が呼びかけた「東京・渋谷アクション」「大阪・ウメダアクション」などにも積極的に協力してきました。